考える物置

日々あったどうでもいいことやどうでもよくないこと

025 幸せについて本気出して考えてみた

 最近映画を観たり本を読んだり音楽を聴いたりしていないな、文化的じゃないな(映画を観たり本を読んだり音楽を聴く以外の例えばビールを飲んだり料理をしたり音楽を作ったりすることも文化的な活動なんじゃないかというか、文化を教養という側面でしか捉えていないのは自分でもどうかとは思うところ) と思ったので、とりあえず本を読もうと思って本を読み始めた。というのと、寝る直前までダラダラとスマホYouTube見たりネットサーフィンしたりすることで睡眠の質が極めて悪いということでスマホの画面を見ないようにすることも目的。

 で、本を読んでいたらアウトプットもできればしたほうがいいなと思って、週に1回程度、最低でも月1回くらいはビジネスじゃなく文章を書こう日記を書こうという考えに至った。文章が冗長なのは癖で、仕事でもメールが文字の密度が高くなりがち。これを俺は画面が黒くなると言っている。日記では文章の読みやすさを無視してでも改行を極力したくないと思う謎の思いによりなおさら画面が黒くなる。

 さて、去年の夏に転職をして数か月が経過した。前の会社はまあ居心地の良い会社ではあったけど、自分の役割に対して役職がついてこなくて、待遇面でちょっとなあと思っていたので年収アップを目的に転職をした。

 まあそりゃそうよねという感じだけど、やっぱり金と時間はトレードオフの関係にあるよね(そうでないケースもあるということは理解している、前職の残業の多いときはあまり効率がよくなかった) というのをすごく実感した。勤務時間が増えて、その分リターンも増えたと(そこが比例の関係であったことは幸運だった) 。

 で、結局何が言いたいかというと「金はあるけど時間はあまりない」VS「時間はあるけど金はあまりない」のどっちをとるかということは非常に大事だなということです。結論で面倒くさくなって文章が尻すぼみになるのも癖。

 音楽を作るという「金はかからない(かけるところにはすでにかけたと思う) ×時間が必要」な趣味を持っているのでいかんともしがたいと思っていたが最近は効率よく回せるようになってきた&仕事の量が分散されたので、今の環境に最適化されて時間も生み出せるようになるでしょうよ。なお、ポルノグラフィティには全く興味がありません。

 空虚な文章を生み出してしまった。反省。