考える物置

日々あったどうでもいいことやどうでもよくないこと

011 あの頃

 転職してしばらく経った。にもかかわらず、先日勤務時間中に前の職場の先輩から仕事に関する(と言ってもこの程度の事を仕事と呼ぶべきではない) 電話がかかってきたため、思うところを綴るものである。

 その電話の内容はこうだった。「社用車のスペアキー(以下 鍵 と表記する)のがどこにあるか覚えているか?メインのキーはある」…転職してからもう10か月だし、その部署を異動になってから既に1年以上が経っている。とはいえ、実際に鍵が保管してあるであろう場所には見当がついたため、その旨を回答した。しかし数分後、再度その先輩から電話がかかってきたため、「おっとこれは…」と思いながら電話に応対する(作業中であったため1回目のコールを悪いと思いながら無視したが、間髪入れず2回目のコールがあったところから先輩の焦りようが伝わってこよう…常識がないという可能性も否定はできない)。曰く、案の定「鍵が見つからなかった」。

 この「鍵を紛失した」という状況、普通の組織なら、既に退職した人間がおそらく勤務中であろう時間帯に電話がかけてくることはあまりないんじゃないかと思う。あっても6時過ぎとか、定時を過ぎたあたりでかかってくるものなんじゃないか。また、鍵を紛失したことを咎められることはもう仕方ないとして(責任の一端は俺にもあるような気がする)、社内でなんらかの手続きを踏んで業者に「鍵なくしたんで新しいのください」と頼んでいくらか払うしかないんじゃないか。しかし、それを許さない組織が存在するのである。俺が1年前までいた所がそれにあたるのだ。

 この会社、創業約25年、従業員数は700名ほどで、未だ現役の創業者が一代でそれまでの規模に作り上げてきたのだ。それ故創業者一族の権力は絶大である(田舎だし)。そしてこの創業者の息子さんが会社のなかでけっこうお偉いさんなんだがパンチの効いた人物で、この「鍵を紛失した」という状況で彼がどう行動するのかを次段落でシミュレートしていきたい。

 まず、なぜ鍵を探しているのかというと、息子さんが「鍵を集めろ!!」と指示しているからであろう。理由はちょっと見当がつかねえ。そして鍵がないとわかるや否や、彼は「なんでねぇんだ!! 探せ!!」と癇癪を起こすのである。神に等しい存在であるお偉いさんにそう言われては、いち従業員は鍵を探すしかない。どんなに切迫した仕事が目の前にあろうとね。そしていよいよ見つからないとなった時に、「お前らの管理が悪いんだ!! お前らにはもう仕事はまかせてらんねえ!!」と降格や左遷を強行した上で、彼は業者に「鍵作れ」と指示を出す。鍵が完成したら、「俺が手配したおかげで鍵が手に入ったぞ。俺がいねえと何もできねえバカばっかりでよ~」と上機嫌だ。下手すると鍵は自分でワザと持っており、仕込んだ上で気に入らない従業員の足を引っ張るというスゴイ手を使うこともあるというし、従業員の足を引っ張ったことも嬉々として語るのだ。

 人間は共通の敵がいると強く結びつくもので、こういうトンでもない人がいると、従業員間での「つらいけどガンバろうね」という雰囲気と、なにかあったらお互い助け合おうという意識はすさまじいものがあった。謎に善人ばかりが集まっていて、逃げるように退職する時も「次の会社でもガンバってね」と言ってもらえたのだった。彼ら彼女らに関しては、間違いなく心から応援してくれたと断言できる。

 今まで口頭ではうまく説明できなくてヤバい奴がいるとしか言えなかったが、文章にするとちゃんとそのヤバさが説明できる。俺はこういう環境が嫌で仕方がなくてサッサと逃げ出した。ちょっと久しぶりにそのヤバさに触れたので、ちょっと当時を思い出して書いてみようと思った。